2011年4月28日木曜日

開教5年記念祭

神様のすさまじいばかりのおかばいを頂き、クリチーバ教会の開教5年祭を仕えさせて頂きました。

ブラジル金光教の先生方の参列、参拝を頂き賑々しいお祭りとなりました。


2ヶ月ほど前に隣人より教会の桜の木が大きくなりすぎ、隣との境である塀にひびが入りだしているので、どうにかしてほしいという願いがありました。

ブラジルでは、自分の所の樹であっても切るには許可が要り、市役所に料金を払って伐採許可を取らなければなりません。一本の樹を切ったら二本植えるようになっています。
許可を取り、ムチラゥンという一斉御用のようなことがあり、信者さん、友人が手伝ってくれ、大きな樹を切ってくれました。

ところが、切った後に市役所に連絡をして片付けてくれるように頼んだところ、返事はいいのですが、待っても待っても来てくれません。
だんだんと日にちが近づいてきて、どうしようかという状態でしたが、これも私たちの信心の内容が足りぬからと受けていました。
それでも、教会の前に山のような切った樹がありますから、困っていました。
前々日に義妹たちも無事に着き、当日には先生方も到着されましたが、それでも樹は残っていました。
ところが、祭典一時間前に市役所のトラックが着ききれいに片付けてくれました。本当はこの日は国民の休日で市役所は働きませんが、おかげできれいになりました。

そうして迎えたご大祭には、ニッケイ会長、市会議員を始め、100名あまりの参拝を頂き、賑々しいものとなりました。


























若葉代表玉串奉奠














参拝者代表玉串奉奠


グループ若葉代表玉串、参拝者代表玉串、そして先生方の写真を雑誌記者の依頼で撮ることになりました。

今回の記念祭のテーマは、天地の大恩ということでした。当たり前という名の奇跡的なおかげをおかげと気づかせて頂くおかげを頂こうと皆さんにお話させて頂きました。

ぎりぎりのおかげの中には、今回の記念出版のこともあります。これは、初代のご理解の一日を選んで翻訳したものです。どうでもブラジルの地に初代の宗教理念をわかって頂きたい、という思いからCiencia Wagakokoro(和賀心学)というタイトルで作らせて頂きました。
この本を繰り返し読んで頂き、人間として何を求めなければならないのか、何をすればいいのかをわかって頂ければと切に願っています。

参拝者の中には、浄土宗の大江田開教師、本門仏立宗のニルトン師の参拝もあり花を添えて頂きました。
ご直会のあと、このたびの東北大震災の復興支援として、ビンゴ大会をさせて頂き、たくさんの方が協力して頂き、ご本部を通してお願いするようにしました。

2011年4月13日水曜日

当たり前という名の奇跡

井村和清という医師が、脊髄癌に冒されて30数歳で亡くなる前に詠まれたという文を目にした。
「あたりまえ。こんなすばらしいことを、みんなはなぜ喜ばないのでしょう。あたりまえであることを。
お父さんがいる、お母さんがいる。
手が二本あって、足が二本ある。
行きたいところへ自分で歩いていける。
手を伸ばせばなんでも取れる。
音が聞こえて声が出る。
こんな幸せなことがあるのでしょうか。
しかし、だれもそれを喜ばない。
あたりまえだ、と笑ってすます。
食事が食べられる。夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝が来る。
空気を胸いっぱいに吸える。笑える。泣ける。叫ぶことも出来る。
みんなあたりまえのこと。こんなすばらしいことをみんな決して喜ばない。
そのありがたさを知っているのは、それを失った人たちだけ。
なぜでしょう。
あたりまえ。」


震災後、特に感じていることだけに、泣けてきます。