2011年4月13日水曜日

当たり前という名の奇跡

井村和清という医師が、脊髄癌に冒されて30数歳で亡くなる前に詠まれたという文を目にした。
「あたりまえ。こんなすばらしいことを、みんなはなぜ喜ばないのでしょう。あたりまえであることを。
お父さんがいる、お母さんがいる。
手が二本あって、足が二本ある。
行きたいところへ自分で歩いていける。
手を伸ばせばなんでも取れる。
音が聞こえて声が出る。
こんな幸せなことがあるのでしょうか。
しかし、だれもそれを喜ばない。
あたりまえだ、と笑ってすます。
食事が食べられる。夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝が来る。
空気を胸いっぱいに吸える。笑える。泣ける。叫ぶことも出来る。
みんなあたりまえのこと。こんなすばらしいことをみんな決して喜ばない。
そのありがたさを知っているのは、それを失った人たちだけ。
なぜでしょう。
あたりまえ。」


震災後、特に感じていることだけに、泣けてきます。

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