2010年12月15日水曜日

要を忘れぬ

先日、ある人の事を考えていたら、ふと先人の残した歌を思い出した。
「忘れめや 末は八尋に広けれど 元の要の一つ心を」
これは、扇子の事をうたったようで、要を大事にしないと末広にならないよということを教えられたように思う。

金光大神は、『おかげを頂いた初めの事を忘れなければ結構である』と教えられている。
凡人である身は、なかなか忘れやすいものである。
日々の成長がなければ、当然忘れてしまうもの。

三代金光様が『日々がさらでございます』と言われたが、おかげを頂きたいものである。

2010年12月6日月曜日

茗荷栄える蕗繁盛

不思議と縁を受けながら、妙賀(信心の喜び)にもふれずに縁を切って行く人、
冨貴繁盛のもとにもなるおかげも受けられるのに。
おしい事である。悲しい事である。

「茗荷栄える蕗繁盛」

ただ縁があるというだけの人と、話がはずむうちに友達になり、仲間になり、親友になる。
自分の思いを思いっきり話して、また、相手の話を聞かせてもらう。
そこに思いもかけなかった事に気がついたり、自分の生き方が変わったりする事さえある。



2010年12月5日日曜日

極度の緊張は?

ただ今、受験勉強中の長女の友達に、先日の国立の大学受験の様子を尋ねたという。
彼女曰く、「緊張して、手が震えて、答案用紙をまともに開けられないくらいだったから、駄目だと分かっていた」といったという。
娘が言う事。「緊張しない方法は予備校で教えてくれないもんねぇ。」と。
本人は、自分でも不思議なくらい緊張しなかったというので、「おかげを頂いていたのよ」と、すかさず家内が言う。

師曰く、「お伺いする時には、とりわけ平気でなければならぬ。落ち着いて静かに願え」とある。

2010年12月4日土曜日

成すといえ・・・

金光鑑太郎師の歌
「成すといえ成し得る条件恩恵の なくば成しえず 何ひとつとして」

ここに鍋がある。この鍋は、器。すなわち私たちの個性や力量。しかしこれだけでは何の役にも立たない。
ここに水と言うお恵みが加えられ、そしてそこに熱情がかけられて役に立つことになる。

自分がする。力がある。
それもいいだろうが、それだけでどうにもできないことが分かってきて、初めて神にすがるということが生まれてくる。
神様と私達との合作。
「相互扶助論」とでも言おうか。
人間の世界にどうでも必要な事ではなかろうか。